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第17回
新・風姿花伝
― 人は何故植物を枯らし続けるのか −
― 鉢花・山野草を枯らさないための秘伝公開 ―
【プロローグ】
4.盆栽村の修行時代〜現在

 その後二十六歳までのブランクののち、私はまたしても突然、今度は本格的に大宮の盆栽村の一園に、外弟子として通うことになった。その一年前に東京を離れ、現在の埼玉県深谷市に両親とともに居を移して、さつき苗の生産をスタートしていたが、どうせなら将来は盆栽家としてやっていこうと決めたからである。 当時の盆栽村は、高度成長期のピークを迎え、各園には少なくて二・三人、私の通った園では住み込みの内弟子二人に、通いの外弟子が女性一人を含めて六人もいた。しかし二十六になって盆栽園に入る者はかなり珍しい、相当の変人であったに違いない。先輩たちは皆私より年が若く、今度なんだか知らねえが、 変な野郎が一匹くるらしいと、半分は興味津々、半分は薄気味悪がって待ち構えていたに違いない。そこで私は、次の新弟子にバトンリレーするまでの一年間、毎朝の便所掃除から盆栽修業をスタートした。

 以来、現在まで紆余曲折三十五年の間、私は盆栽を商売にすることはなかったが、ずうーと棚を維持して栽培を続けてきた。そのお陰でこれまでに手がけた樹種は松柏類、実もの、花もの、雑木盆栽と、その数たるや全くプロと異なるところはない。異なる点といえば国風展に出品する品はおろか、 ちょっとした展示会に陳列するような品物にはとんと縁が無かったことだけである。ただひたすら、不思議に集まってしまう各種の駄物を、「お前なんでこんなに金になんねえもんばっかり集めてるだ?お前馬鹿と違うか」と、一番口が悪いが、今でも一番面倒を見てくれる、私より年が十歳以上も若い兄弟子にからかわれながら今日に至っている。

 どうも大変長いプロローグになってしまった。しかしこれで解ってもらえたと思うが、私は金儲けこそはできなかったが、こと植物の栽培とその生かし方と枯らし方にかけては、へたなプロよりもはるかにプロである。私が指をぐっと空へ向けている限り、その植物は永遠に生き続ける。しかし一たび私があのローマ皇帝ネロのごとく、 その指をぐっと下へ向けるや、哀れその植物はたちまちに枯れてしまうのである。それではこれから、私のプロローグに付き合ってくださった方々への返礼として、私がこれまでに習得した「植物の生かし方」について、思いつくままを述べさせて頂く(枯らし方については述べるまでも無いであろう)。

ただ一つだけ断らせて頂くが、以下これからは、思いつくままに綴るために、構成はめちゃくちゃとなるかも知れない。なるべく流れのあるように書こうとは思うが、ヒョイと頭に浮かんだことにヒョイととびついてしまうと、流れは棚田の水の仕切り板の開け閉めと同じで、右の方へ、左の方へとあちこち方向を変えることがありうる。どうかそこの所をご承知置きの上でこれからしばらくの間私の経験談にお付き合い下さい。

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