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| 第17回 |
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| 新・風姿花伝 ― 人は何故植物を枯らし続けるのか − ― 鉢花・山野草を枯らさないための秘伝公開 ― 【プロローグ】 |
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3.バラ栽培に夢中になった高校時代
そんな私が、今度は高校生になると、またしても突然にバラ栽培に夢中になってしまった。きっかけは何だったのかは覚えていない。気がつくとバラの専門書を何冊も漁って「来年か再来年はパパ・メイヤンの弟子になりフランスへ行こうか、それともコルデスのドイツにしようか」
なんて、本気で悩んだりしたのである。しかし私のフランス行きもドイツ行きも実現しなかった。私はフランス語もドイツ語も、第一中学校から教わった英語ですら、全く話せなかったからである。
私は生まれつき外国語を習得する能力が見事なまでに希薄であったらしく、
仲間が英語をスラスラマスターしていくのを、どうしても理解できないでいた。その上高校の時の英語の先生がひどい先生で、当時教育界ではかなり名の知られた先生だったというが、その先生が英語の教科書を眼鏡にくっつけたまま私達の机の間を歩きながら(先生は強度の近視のため、
ものすごい度付き眼鏡をした上で、さらに教科書を眼鏡にくっつけないと字が見えなかった。それで当時はほとんどの日本人がその存在すら知りえなかった「パンダ」という渾名を早々に先輩によって付けられていた)「いいかい君達、君達は英語なんて本気で学ばんでもいい。
学んでも私のようになるだけだからね。それより会社の社長になりたまえ。そうしたら英語なんぞできなくったって、美人の秘書を横にくっつけて、何一つ不自由することなんか、無いのだからね。ウフフフ」なんて言ったものだから、私は「そうだ、本当だ、その通りだ」と、
ものすごい光明を得て、英語なんてほとんど勉強しなくなった。 今思うと、このパンダ先生のたぐい稀なる御託宣にひっかかったのは、私一人だけであった。私のクラスメートには、その後なんとシェークスピア以前の古代英語の大学教授になったり、フランス文学の教授になったりと、あっちこっちに教授という職を享受している奴が出現したからだ。
バラ作りの世界的権威、メイヤン、コルデス両氏への弟子入りは果たせなかったものの、十六歳から十八歳までの三年間は、独学でバラの栽培にうつつを抜かした。今思えばたかが牛糞を買うのに、なんで往復二時間かけて轟バラ園まで電車を乗りついだのか、まったく理解に苦しむが、
その功あってか、バラは香り高く咲き誇ってくれた。ちなみに私にとってバラとは花の美しさだけでなく、香りが大変重要であった。香りのないバラなんて、湯上りに良質な石鹸の香りが漂わない女性の肌のようなものである。 |
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