花粉症の存在を知らなかった私の挑んだ受験戦争

2020年4月16日

1.花粉症という言葉がなかった時代
私が中学3年の時のことでした。
私は現在40代後半ですが、当時まだ花粉症という言葉も流行っておらず、
自分自身が花粉症であることも知らない時のことでした。
花粉症という言葉がなかったので、当然治療などしておらず、
スギの木のそばに行くと目がかゆくなったり鼻水が出る、ということも知りませんでした。
周りにもそのような症状の人の存在を見かけることすらありませんでした。
そんな時代の春の出来事です。

2.受験当日の話
そんな中学3年の春先、私は高校受験をしました。
私立受験の最中。とあるキリスト教系大学の附属高校の受験をしていました。
少しだけ窓が開いており、そこにはスギの木が立っていました。
そこから風が吹いてきて、私の目からは涙が出て、鼻からは鼻水があふれ出してきました。
それに耐えられず、下を向いて必死で目をこすり、鼻をかんでいました。
確かにそのキリスト教系大学の附属高校は、難関校でした。
私は確かにその問題を見て、正直歯が立たないというか、全然解けなかった…それは本当のことです。
ですが、巡回してきた試験監督に、私は思いっきり慰められたのです。
試験監督「大丈夫ですか?試験ができないから泣いているのですか?」
私「いえ、そういうことではないんですが…。」
なんと、私のテストの出来が悪いから泣いているのだと思われたようです。
試験監督「できないからって、気にすることないのよ。」
私「いえ、そういうつもりでは決してないんです…。」
それでも、確かに私は目がかゆく、鼻水はダラダラ垂れているのです。
もう自分でもワケがわかりません。
そうして、その試験の日は終わりました。

結果的には、案の定その高校は落ちてしまいました。
とにかく、全く集中できなかったことだけは間違いありません。
でもその理由を知ることになるのは、数年経ってからでした。

3.花粉症の診断
私が高校2年生の時に、花粉症という診断がおりました。
そうか、あの高校の外にに確かにスギの木が立っていた…と、診断がついてから思い出しました。
そのせいで、目が非常にかゆく、鼻水が止まらなかったこともわかりました。
私の花粉症はかなりひどい方らしく、アレルギー検査をしたら、棒グラフが100%を振り切れていました。
ここまでいくと、もう薬を使って抑える以外にないと言われました。
点眼薬と点鼻薬だけではとても抑えられないとのことでした。
花粉症という症状を知らなかったばかりに、大事な受験戦争に勝ち抜くことができなかったのか…そう思いました。
そして、あの時花粉症の良いお薬が出ていれば、受験に失敗しなかったのだろうか、と、
すごく今でも思っています。

4.まとめ
花粉症という言葉がなかったばかりに、
花粉症という存在を知らなかったばかりに、
私は高校受験でつまずいてしまいました。
もちろん、そのままでいるはずはなく、大学ではしっかりリベンジを果たしました。
そこの大学ではありませんが、ちゃんと受かって入学することができました。
もちろん、スギの木がたくさんあるキリスト教大学はむしろ避けました。
ですが、花粉症というものを知っていて、対処法がわかっていればなぁ…と今でも思っています。
これが、私の花粉症失敗体験談です。
受験をする時は、お薬とマスクを忘れずに、です。