花粉の時期に屋久島へ

2020年4月15日

青春18切符で屋久島へ

この話は、もう15年くらい前になります。当時某ファミリーレストランを辞め暇をもてあましていたわたしは、友人のHから屋久島に行かないかと誘いを受けた。青春18切符を2人で購入し、見えから普通列車で九州まで向かいました。中国地方のなんと長いことか、3月ということもあり花粉が少しありましたが、少しくしゃみが出る程度で特にその時は支障はありませんでした。博多に到着し、美味しいラーメンを食べ、そのまま夜行バスに乗り鹿児島へと向かいました。まさに弾丸ツアーです。

いざ屋久島へ

明け方鹿児島へと到着し、そのままフェリー乗り場へ。この時も目のかゆみや鼻のムズムズは大したことありませんでした。フェリーには大勢の乗客がおり、みんな屋久島での冒険を楽しみにしているんだろうなと、私とHも期待に旨を躍らせていました。そのフェリーには、数名マスクを着用している乗客もおり、この時期だからきっと自分よりもひどい花粉症の人であろうとやや下に見てしまっていました。屋久島に到着し、その日はそのまま宿に二人で向かいました。正直決して綺麗な宿ではありませんでしたが、こんなものだろうと言い聞かせ、旅の疲れからかその日は夕食を食べ終え、あっという間に眠りについてしまっていました。翌日はいよいよ縄文杉へと向かいます。

縄文杉を目指し

翌朝5時くらいに起床した我々は、朝早くから山へと向かいました。縄文杉は山の奥深くにあり、往復で半日ほどかかるというのです。なので、早くから出発する必要がありました。屋久島はもののけ姫の舞台にもなった場所で、山はすごく神秘的でした。水は綺麗で各所に苔が生えており、古くからそびえ立つ屋久杉はどれも巨大でした。そんな自然に魅了されながら山を登り、その最中少し今日はくしゃみが多いなと感じていました。お昼を回る頃でしょうか、山を登って約6時間。ついに念願の縄文杉へと到着しました。その偉大な姿を目にした時、そこまで登るまでの苦労も手伝ってか自然と涙が溢れている感覚を感じました。そしてくしゃみも…。

恐るべき花粉

「えっ、くしゃみ?」。それは花粉によるくしゃみでした。そして流れる涙は縄文杉への感動の涙などではありませんでした。そう、全ては花粉の力によるものだったのです。愚かなことに、その時まで私は全く「屋久杉=花粉」ということを考えていなかったのでした。気づいて意識をしたことも手伝ってか、そこからは目のかゆみとくしゃみ鼻水が止まらず、顔がもうきったない顔になっていました。「一刻も早く下山しないとやばい」とHに伝えた私は急いで下山しました。それはもう、往路の倍の速度でした。野球部で鍛えられた足腰で、涙と鼻水を垂れ流しながら下山しました。すれ違う人はみんな訝しげな顔でこちらを見ていましたが、そんなことを気にする余裕はありませんでした。下山すると少し症状はましになりました。やはり、あれは縄文杉から発せられたボス級の花粉の力だったのでしょうか。「いやー、大変にな目にあった」と一つの思い出として帰路につきました。

縄文杉の呪いか?

フェリニーに乗り、屋久島を離れ、ぶじ鹿児島へと到着。夜ご飯を食べ、また夜行バスに乗り博多へと向かう最中です。体調が非常に悪化してきました。ものすごい吐き気に襲われ、リバースしました。バスの皆さんごめんなさい。特に変なものを食べたでもなかったので、その時は原因がわかりませんでしたが、あとから思えば花粉がひどい時に胃の調子が悪くなることもあります。あれはきっと大量の花粉による体調不良だったのだと思います。屋久島は素敵でしたが、いく季節を選ばないといけませんね。