鼻の不快な症状が全て花粉症とは限らない、素人判断ほど危険なものはない

2020年4月16日

花粉症、現代人を悩ませる病気の1つです。鼻の不快な症状、体の痒みなど、症状が重くなると、睡眠にすら影響を与えるともいわれています。しかし、少し冷静になり、花粉症と決めつけない方が懸命かもしれません。安易に市販薬を使用すると、全く効果がないばかりか、場合によっては、より状況を複雑にする可能性があります。
今回は、私の失敗談をもとに、鼻の不快な症状に悩んでいる方々への注意喚起の意味も含めてお話させて頂きます。

【鼻水・鼻づまりが止まらない】
2011年4月、私は何日もの間、鼻の不快な症状に悩まされていました。鼻水、鼻づまりが激しく、呼吸が苦しいため、夜も満足に寝られない状況でした。当然、日中の集中力は明らかに低下しており、仕事の能率も同様に低下していました。公私問わず、ありとあらゆる日常の活動に支障をきたす日々、一日も早く解放されたい、そう思いながら過ごしていました。

【市販の点鼻薬を何度も注入するも】
そこで、近くのドラッグストアに行き、鼻炎用の点鼻薬を購入しました。早速使用してみたものの、症状は収まるのは僅か数分程度でした。鼻の奥から発せられる痛みにも近い不快な痒みは、ほんの一瞬静まった後、再び遅いかかってきます。その痒みから逃れるため、再度点鼻薬をスプレーし、完全な悪循環に陥っていました。点鼻薬の使用料は、多いときで、1日半分程度の容量に及びました。

【侮れない薬の副作用】
そのような中、新たな問題が発生しました。薬の副作用と思われる症状がいくつか現れ始めたのです。まず1つ、味覚と嗅覚が麻痺してしまいました。そのため、何を食べても味がわかりません。仕事が終わった後の晩酌など、毎日の細やかな楽しみの1つでしたが、味がしないため、ただお腹を満たすためだけになってしまい、食事に楽しみを感じなくなっていました。2つ目、さらに意識が散漫になっていきました。後で分かったのですが、通常の点鼻薬には鎮静剤に似た成分が含まれているため、それらが原因になっていたようです。そして3つ目、鼻血が出やすくなりました。点鼻薬は体からみればあくまで異物ですので、繰り返しの刺激で鼻の血管が脆くなってしまうのです。依然として静まらない鼻の不快な症状に加え、前述した薬の副作用ともいえる症状が同時に現れ、より状況は悪化していきました。

【近くの耳鼻咽喉科を訪ねてみる】
そこで、思いきって休みを取り、自宅近くの耳鼻咽喉科で診察してもらうことにしました。待合室で問診票を記入し、しばらく待っていると名前を呼ばれたため、診察室へ入っていきました。担当医から、どのような症状がいつから続いているのか、現在の職種などいくつか質問を受けました。当時、工場の製造現場で塗装作業に従事していた私は、その旨についても細かく話をしました。その結果、今回の症状に関する1つの可能性を指摘されました。それは「花粉症とは断定できない。別の原因によって鼻の粘膜が過敏になっており、そこに有機溶剤等の科学物質が触れることによって症状が助長されているのではないか」といった内容でした。全く想定していなかった答え、しかし、真相をはっきりさせたいため、勧められた通り、血液中の抗体を調べる検査を受けることにしました。

【血液検査を勧められた、その結果は】
診察とは別途検査料が発生することを告げられたものの、ことの真相を明らかにするため、血液検査を受けました。結果は来週までには判明する、そう担当医から告げられたため、その日は処方された内服薬を受けとり、帰宅しました。後日、検査結果が判明したとの連絡を
受け、再び同じ診察に訪れた私、抗体検査の結果は驚くべきものでした。スギ、ヒノキなど、花粉症ではおなじみのものについてはほぼ反応なしであったのです。それ以外の一般的にアレルゲンとされている植物についてもほぼ問題なし、この時点で原因が花粉症ではなかったことがはっきりとしました。そのかわりに、非常に高い反応を示したのはハウスダスト、ダニの死骸やフンなどの要因でした。結局のところ、自室の掃除を普段からこまめにしていなかったことが全ての元凶と判明しました。私はこれまでの不衛生な環境を放置していた生活を激しく航海しました。

【その後】
その日もまた前回と同じ内服薬を受けとり、それを服用して経過をみることにしました。同時に自室を徹底的に掃除しました。掃除機や拭き掃除は当然のこと、普段は掃除しないような家具と家具の隙間まで徹底的にきれいにしました。また、ベッドのシーツなど寝具類については全て替えのものに交換しました。するとようやく症状が軽くなっていき、数日後は普段通りの体調が戻りました。

【まとめ】
普段から生活環境は清潔な状態を維持しなければならないことを教えられた体験として捉えています。また、素人判断がいかに状況を悪化させ、かつ複雑にするかについても併せて考えさせられたといえます。あのまま、安易な考えを突き進めていたら、目もあてられないことになっていたかもしれません。